画家 戸田 勝久さんと観る「鉄斎の粉本—画想の源泉・摸写III—」

画家  戸田 勝久さんと観る「鉄斎の粉本—画想の源泉・摸写III—」

池泉に亀島や蓬莱石組みが配された清荒神清澄寺の名庭。鯉の泳ぐ姿に涼を感じながら鉄斎美術館へ向います。同館では8月26日から後期の粉本展が開催され、鉄斎芸術を生み出した画想の源泉といえる摸写が、夥しい粉本・摸写の中から仏画、人物画を中心に展示されています。摸写でありながら鉄斎の世界が筆に表れている、と評される粉本。鉄斎、大雅、蕪村を愛し、洋画、日本画といった様式にこだわらず自身の世界を描く画家、戸田勝久さんと、画を摸す鉄斎の高揚した心や鉄斎の興味の対象を想像し、「鉄斎の粉本」展を楽しく鑑賞しました。

粉本から色んなことが見えてくる

江戸絵画を観るのが好きで、京の陶工・青木木米の画を観たことがあるんですが、その箱書は鉄斎によって書かれたものでした。鉄斎は箱書を頼まれたら、必ずその画を写していたでしょうから、鉄斎の摸写が残っていて、その作品の本画が発見されていない時でも歴史に埋れた画家の掘り起こしができるのではないか、そう思うと、これらの粉本はとても貴重な財産だといえます。鉄斎は有名、無名に関わらず自分の興味の対象を写しているので粉本の研究には絵画史上、大きな意味がありますね。
有名な伊藤若冲の「糸瓜群虫図」の摸写もありましたが、若冲は墨だけで描いた筋目書きを沢山残しているのでそれを鉄斎が写してないのか、気になります。野呂介石の「那智三瀑図」は緑青がすでに鉄斎の色になっていてとても美しく、原画が観たくなりました。近い将来、ここに原画のパネル展示がされればうれしいですね。

粉本を観て鉄斎が原画のどこに興味があったのか、色んな想像が湧いてきます。宋時代の「竹虫図」は丸く湾曲した竹に魅力を感じたんだろうな、とか。

人物画では「千利休像」のエピソードが鉄斎さんらしく嬉しくなりました。お茶席の床に飾られていた軸を勝手にはずして、写したらしいのですが、耳が不自由だった鉄斎は非難する周りの声が聞こえない振りをして一気に描いたというのです。画との出会いも一期一会ですから、鉄斎の抑えがたい気持が伝わってくるようです。

また、本画「呂僊翁自写図」(下の写真・戸田さんの左後ろ)のもとになっている中国の拓本「呂洞賓僊翁図」の表具に使われている蝋箋という紙は今では手に入れるのが困難な貴重な紙です。鉄斎好みの更紗を使った表装などを観るのも楽しいものです。

鉄斎は知れば知るほど底なしのすごい人、彼の画は南画、文人画といわず「鉄斎画」というしかありません。情報を得るのがままならなかった時代にあって万巻の書から知識を得、膨大な古書や古画を写し、自分の中の引き出しを増やして画想の源泉とし、鉄斎独自の世界を生み出しました。海外での評価も高くエコールド・パリの画家ジュール・パスキンが鉄斎を高く評しているのですが、パスキンは鉄斎のどの画集を観ていたのか、そんな興味も掻き立てられます。

*文中の作品名は全て前期展示のものです。

画家  戸田 勝久さんと観る「鉄斎の粉本—画想の源泉・摸写III—」

▲戸田勝久・1954年神戸生まれ。古書と近世絵画を友としてアクリル、墨彩で作品を制作。京阪神で個展。2004年画集「旅の風」、2008年画集「旅の手紙」出版。書物、CDの挿画、装丁多数。

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