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-バックナンバー- 2005年4月号


専科の樹里咲穂さんは、花組宝塚大劇場公演『マラケシュ・紅の墓標』『エンター・ザ・レビュー』の集合日の前日に退団を発表した。東京公演のあと、ディナーショーをやって、日生劇場での主演ミュージカル『ERNEST in Love』の千秋楽9月23日まで、あと半年。入団16年目の退団である。「専科に入ってからいろいろな役をさせていただいて、宙組の『ファントム』の時に、もういいかなと、退団を決めました。決して満足したということではないのですが、好きだった作品に巡り会えたし、お客様にも喜んでいただけたような気がしたので」

あの名シーンがまざまざと蘇ってくる。樹里咲穂さん演じる、オペラ座の前支配人でファントムの生い立ちを知る唯一の人物キャリエールと、和央ようかさん扮するファントムとの、銀橋での二人芝居。どれだけの人が泣かされたことか。珠玉のジュリ節は、まだ誰も真似ができない。

その原点が、月組時代の『WEST SIDE STORY』でのアニタ役にあるという。
「お稽古で、怒られっぱなし。初日があいてからもダメ出しが多く、毎日泣いていました。それで皮が一枚、ペリッと剥けた。それまでは何をやっても報われないことが多いように感じていたのに、アニタは評判がよく、もうこれでやめてもいいなと思ったんですね。ところが同期生に、樹里って男役の代表作はないよね、と言われて、確かにそうだ、だったら自分が満足できる男役をめざそうと。その時から、それだけを考えてやってきました」

それが98年だった。同年『ブエノスアイレスの風』のリカルド役と出会う。


「新人公演で主役もしていなくて、こんなに出番の多い役をいただいたのは男役で初めてだったから、すごく一生懸命がんばりました。衣装部さんに、話しかけたら怒られそうでこわい、と言われるくらい、集中しましたね」

99年、宙組に移籍.TAKARAZUKA1000days劇場公演『エリザベート』のルドルフ、シアター・ドラマシティ公演『Crossroad』のデュシャンと、大役が続いた。
「デュシャンは、一人であれだけ台詞を続けざまに喋ったのは初めてで、稽古場で結構泣きましたよ。舞台で息が合った時って、自分でも想像していなかった感情が生まれてくるんです。ふだんの信頼関係が土台にあってプラスアルファーの何かが出てくるのではないかなと思いますね。上級生になるとミーティングで役づくりをすることはほとんどなくて、相手の呼吸でどう出るか、そこにむつかしさとおもしろさがあります」

男同士の友情に不思議な説得力を見せる男役・樹里咲穂さんの芝居のうまさと、人間味あふれる人柄の良さ。
「一瞬一瞬、生まれて消えていくのがライブ。毎回、自分をまっさらにする作業が必要です。きのう最高に息が合ったから今日も同じようにしたい、と思うとできない。無欲でやれたときがベスト。でも未だにそれが満足にできないんですよ」

楽にのびのび演じているように見えて、地味な努力を真摯に積み重ねてきた樹里咲穂さんは2000年6月、新専科発足と同時に各組の主要な男役スターと共に異動。『FREEDOM』で宝塚バウホール初主演を果たす。

「各組に特別出演すると、樹里さんってどういうふうに歌うの、みたいな興味の対象になっているのがすごくわかるんです。それをはねのけないと演技はできない。ところが私は、もともと人みしりもするし、お先にどうぞというタイプ。自分はこうしたい、と信念をもって主張できるよう努力しました。それが結果的に外部出演で役立って」

 

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