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-バックナンバー- 2004年1月号

  轟悠さんは花組宝塚大劇場公演で90周年の記念祝舞『飛翔無限』を春日野八千代、松本悠里と共に舞ったあと、9月の日生劇場公演『花供養』に主演する。宝塚歌劇では異例の、音楽も踊りもない、芝居だけの舞台である。

「1984年に宝塚バウホールで春日野八千代先生はじめ専科の皆さんが演じられた作品ですが、出演者が替わりますから違った作品になると思います。日生劇場は私が専科に移籍してまもなく、『風と共に去りぬ』の総合編をさせていただきました。あの時は東京の4ヵ所で宝塚歌劇が同時上演され、結果としてどの劇場も盛況でしたが、初めての試みであり、私にとって大きな挑戦でした。今回も芝居だけというチャレンジの舞台。日生は自分が成長させていただける場所です」

轟悠さんは、この『風と共に去りぬ』のバトラー役で第28回菊田一夫演劇賞を受賞した。2000年、『凱旋門』のラヴィック役で文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞受賞に続く快挙である。思い返すと95年、大震災の年に宝塚歌劇史上初のディナーショー4ヵ所開催を成功させ、98年にはバウホールでの一人芝居『The Fiction』に挑んで見事に演じ切った。轟悠さんの経歴は新しい挑戦の連続といっていい。

「私自身はすごく怖がりなんです。こういうのをやりたいと自分から言ったことはありませんが、轟悠にこういうのをやらせたいと思っていただけるような役者でありたいと心がけています。今の下級生は高い倍率をくぐり抜けて初舞台を踏んだ人ばかりです。恐れずにチャレンジしていってほしい。宝塚の生徒であることを誇りとして、古き良きものを肌で感じ、芸名を持つ厳しさに立ち向かって精神的にも成長してくれればと願っています」

宝塚歌劇の継承者に至るまでの節目節目で、率直に語ってきた強い意志。その珠玉の言葉は宝塚歌劇の90周年から100周年を見はるかすように輝いている。

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<本誌のおわび>
本誌(ウィズ宝塚2004年1月号)10ページの轟悠さんの写真が、左右に反転して掲載されたことを深くおわび致します。
ご本人さまを始めファンの方々には申し訳ございませんでした。   ウィズたからづか編集部
インタビュアー  名取千里(なとり ちさと)   (ティーオーエー、日本広報学会会員/現代文化研究会事務局   /宝塚NPOセンター理事   主な編著書   「タカラヅカ・フェニックス」 (あさひ高速印刷)   「タカラヅカ・ベルエポック」(神戸新聞総合出版センター)   「仕事も!結婚も!」(恒友出版)

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